(会報「学校保健」290号 H23年8月発行号より)
神奈川歯科大学附属横浜クリニック
眼科学教授 原 直人
技術発展や通信環境整備に伴い学校教育の現場や家庭において、今後3D映像の視聴が広がることが予想される。児童生徒の視機能への影響が危惧されるので学校現場や保護者への啓発が必要と考える。実は、映像というものはそもそもヒトに対してリスクである。自然の景色を見て心が癒されるが、人工視覚環境では疲れたり、気分が悪くなったりすることは珍しくない。3D映像を含めて映像の影響は大まかに3つに分けられるが、1)光感受性発作、2)映像酔い、そして、3)3D眼精疲労であり、これまでの2D映像の事例、次いで3D映像の問題点について述べる。
テレビを観ることは、点滅光の変調、周波数、強度、光の拡散、振動様式および色といった潜在的にてんかん原性を持つ種々の物理的視覚刺激の組み合わせを“見る”ことである。光感受性てんかんの既往のあるもの、片頭痛の要素を持つ患児は、光やストレスを過敏に感じ取ることが多いので特に注意が必要である。刺激を受ける網膜の総量が重要であり、テレビは離れてみる、長時間の視聴しないことで視覚刺激の誘発性が劇的に減少できる。3D映像との関連では立体映像用の液晶シャッターが環境光の電源変動と干渉によりフリッカー(点滅刺激)を生ずる場合があり、周波数によって発作誘発の危険がある。一方、学園祭での自主上映や教材ビデオなどめまい感、嘔気などの症状が誘発されるのが映像酔いである。3D映像は、臨場感があり映像酔いを起こす危険がさらに高いと考えられている。
3D映像ブームによる視機能に対する新しい課題としては、3D眼精疲労と輻湊/調節系クロスリンクの適応がある。これは、立体映像に特有な要素として輻湊眼球運動(眼球を内側に寄せること)や調節(ピント合わせすること)がある。自然環境では、この両者の運動量は一致し立体感を実感するが、疑似的な3D映像環境では、実際の調節量と実際の輻湊量の間に“矛盾”が生じている。この矛盾が3D眼精疲労の大きな原因とされている。
繰り返し強い刺激を長時間与える人工環境に対する眼球運動への“適応”が起こる可能性がある。3Dゲームは、現在6歳からは視聴してよいことになっているが、これは1920 年Worth が、両眼視すなわち立体視などは6歳以前に発達するとしたことに基づいている。児童福祉法でも学童の基準が6歳であるので、実務的には妥当ではないかと思っているが、これは正常発達の話であって、どこで線を引くかは難しい問題である。10 歳の女児が、3Dアート書籍を購入して楽しんでいたが、日常生活でモノが二つになるといった訴えにより、脳神経外科を受診し頭部MRI 検査を受けている。自然環境に戻った時に困るような適応を起こすことのないように注意を払う必要がある。さらに画面を凝視する、集中することで眼の疲労として頭痛を生じることが多い。
最後に3D映像が立体的に見られているのかどうかは、本人の視覚機能の特異性に依存する。米国Hothardware.com に掲載された「See 'Avatar,'Diagnose Your Vision Problems」では全人口の5%が映画による立体映像として見られないとの報告がある(56 percent of people aged 18 to 38 have problemsthat could make it difficult to view 3-D properly.Another 5 percent of the population have problemsthat make it impossible to view in 3-D.)。屈折状態や不同視、融像力、調節力、眼位ずれなどの個人差により、3D映像の利点を全員が楽しめるものではない。今後、学童に対する3D映像視聴の配慮を要すると思われる。
3D環境を楽しむには、これまで知られている光感受性発作を誘発しやすいフリッカーを防止し、映像酔いを起こしやすい映像の防止、VDT 症候群の予防と同様に視聴時間を短くして、視距離を維持する。3Dとしての新しい課題に関しては、輻湊/調節間の矛盾を抑える、輻湊/調節系クロスリンクの適応などに配慮して強い刺激を繰返し長時間与えないことが大切である。筋無力症患者が、斜視手術により両眼視が僅かでも可能となり、3D映像アトラクションが立体的に見えた体験を感動して語ってくれた。いずれにしても、まず眼科を受診して視力・屈折検査や両眼視検査など行い、眼科疾患の有無を確認した後で3D映像を楽しむことが大切と考える。