公益社団法人日本医師会
常任理事 羽鳥 裕 先生
- スポーツ貧血
- スポーツ貧血の仕組み
- 女子に多い?
- 多血症
- 学校での指導
■スポーツ貧血の仕組み
一般に貧血は、血液中の酸素が不足して起こります。血液の成分の一つである赤血球に含まれるヘモグロビンはヘムという鉄とグロビンというたんぱく質でできており、肺で取り入れられた酸素はヘムと結合して全身に運ばれます。体内の鉄が不足して起こる貧血を「鉄欠乏性貧血」といい、多くはこの鉄欠乏性です。
貧血の指標となるものには、ヘモグロビン濃度とヘマトクリット値があり、成人女性ではヘモグロビン濃度12 g/dl以下、ヘマトクリット値36%以下、成人男性で 同じく14 g/dl以下、 41%以下で貧血と診断されます。貧血になるとより酸素を多く全身に届けようと脈が速くなり、眼瞼結膜が白っぽく、なかにはスプーンのように爪の中央部分が凹んで反り返るスプーンネイル(匙状爪)という状態になる人もいます。
ただ、貧血または貧血気味の人が運動をすることで誰もが「スポーツ貧血」になるわけではありません。スポーツ貧血とは激しい運動をすることで起きる貧血で、足の踵を打ちつける衝撃で赤血球が壊され、ヘモグロビンが血球外に溶出する「溶血」によって貧血を起こします。昔は「行軍貧血」とも呼ばれ、軍隊で長時間歩く兵隊がよく起こしていたそうです。現代では、陸上の長距離やサッカー、バレーボールの選手など足裏に強い衝撃を与える競技に多いといわれています。
■女子に多い?
神奈川県体育協会のスポーツ医学委員会が神奈川県医師会の協力で行っている、毎年、国体代表選手約1000名の血液検査を行ったところ、女子選手の約3分の1が基準値以下でした。極端なケースでは、血液濃度が半分しかなく、鉄剤の補給を行うのですが、国体まで一月しかないような事例もあります。一般の場合と同様にスポーツ選手でも女子のほうが多くいます。女子は二次性徴を迎え、成長期に生理が始まると男子よりも鉄の必要量が増します。スポーツ貧血の場合は、練習熱心な選手であるほど多く、特に体操など競技のために体重を落としている女子に多くみられます。無理な減量はスポーツ無月経や骨が脆く疲労骨折を起こしやすくなり、引退を余儀なくされた女子マラソンの有名選手の例もあります。
貧血の治療は、まずは食事療法ですが、ホウレンソウなどの野菜類は鉄の吸収率が悪く、レバーなど鉄を多く含む肉類を摂るようにします。それでも改善が見られない場合は鉄剤を使用します。鉄剤はビタミンCと一緒に摂取すると吸収がよくなります。稀な例として亜鉛不足で起きる貧血もありますので主治医と相談される方が良いでしょう。
予防としてはやはり普段からの食事に気を配り、一流選手を目指すのであれば、定期的に貧血のチェックをするのも大事です。
■多血症
赤血球が壊されたり足りなくなって酸素が十分に体に回らなくなる貧血とは反対に、赤血球が多くなる病気を多血症といいます。標高数千メートルの高地で生活をする人に多いのは、薄い空気から体がより酸素を取り込もうと赤血球の数が増えるからなのですが、マラソン選手をはじめ、アスリートが高地トレーニングを行うのは、この作用を応用し、体内の赤血球の数を増やしてパフォーマンスの向上を図ることを目的にしています。同じ理屈ですが、あらかじめ自分の血液を採っておいて競技の前に自己血輸血をし、赤血球量を増やす方法は血液ドーピングとして禁止されています。
ただし、赤血球は、毛細血管にも酸素を送るために変形を起こしやすくするため人では細胞内に核がないので、寿命は120日で代謝されていきます。競技成績を上げるために輸血やエリスロポエチン使用によって、多血を無理に起こさせると、血液粘調度が上昇し、血液が滞留しやすくなり、高血圧や心筋梗塞など血栓症リスクが高くなり、命にかかわることもあります。
■学校での指導
競技能力の高いお子さんが急にパフォ−マンスが悪くなるときは、貧血の可能性を頭に入れておいてください。運動部では、その集団でトップクラスの選手が急に成績が落ちたりすると原因が貧血ということが考えられます。毎年お正月に行われる箱根駅伝で、5区箱根山登りで有名になった選手が高校時代には練習のやり過ぎでスポーツ貧血に気づかず苦しんだということもあります。日頃の練習でいつもの能力が発揮できないとか、急に成績が落ちた場合など、スポーツ貧血の可能性があります。
指導としては、きちんとした食生活を心がけ、無理な減量をさせないようにすることが重要です。