気になる成長期の子どものスポーツに関わる障害やけが
  1. 運動会・体育祭等で注意するけがや障害
    ―むかで競走の危険性―


北里大学医学部整形外科学
助教 東山礼治 先生
  1. 調査概要
  2. 中学生で高い受傷率
  3. 部活動と比較すると
  4. 楽しい運動会・体育祭の開催に向けて
 

■はじめに

体育祭は生徒にとって最も楽しい学校行事の一つである。しかしその楽しいはずの体育祭で大けがを負ってしまう生徒もいる。今年度は「組体操」や「むかで競走」でのけが人が多いことが世間の注目を集めた。過去にも「棒倒し」や「騎馬戦」で大けがを経験し、その種目を中止した学校も多いと思われるが、生徒の立場からすると楽しい種目がなくなってしまうことはとても悲しいことである。体育や体育系部活動はスポーツであり、心身の健康に良いことは議論の余地はない。また、スポーツはある程度のけがのリスクを伴うものであることも理解されていることと思われる。自らの希望で入部した部活動でけがをした場合は、ある程度納得できるであろうが、その種目がどの程度のリスクを持っているかを把握しているだろうか? 例えば接触型スポーツである柔道やラグビーは非接触型の水泳や卓球よりも危険であることは感覚的には部員も理解しているであろう。では体育祭の種目は学校行事であるため参加が義務付けられてしまうが、その種目のリスクを比較して説明できる人はいるであろうか?

■調査概要

著者は2009年に静岡県富士市にて小中学校の「むかで競走」に初めて出会った。体育祭シーズンに多くのけが人が受診され、中には手術を要する骨折もいた。周囲に聞くと、毎年のことで仕方ないという雰囲気であったため疑問に感じた。そこで同市の小中学校と医師会に承諾をいただき、アンケート調査を開始した。富士市の「むかで競走」は大きく分けると、左右の足をそれぞれ1本のロープや紐で結んだ4〜6人程度の列がグランドの半周ごとにリレーを行う「小むかで」と、4〜6人列が半周ごとに列の前か後ろにつながって最後はクラス全員25〜35人程度でつながりグランド半周または1周する「大むかで」の2種類がある。軸となるロープには各児童生徒の足を手ぬぐいなどの非伸縮性の紐またはストッキングなどの伸縮性の紐でほぼ等間隔で縛り、子どたちは前の子どもの肩に両手をかけて列を成している。学校によって形式の違いが多少あるが、中学3年生では16校中15校でクラス全員がつながる「大むかで」を行い、1校だけクラスを半分に分けて20人以下の列までとしている。小学5、6年、中学1、2年では「小むかで」を実施しているところが多い。なお、調査では医療機関を受診した児童生徒を受傷者(=けが人)としてカウントし、参加人数で除した数値を受傷率(けが発生率)と定義している。つまり擦過傷や打撲でも、保健室で対応できるレベルの軽症のけがは含まれていない。

■中学生で高い受傷率

3年間の調査の結果、小学生の受傷率は平均練習日数19日で受傷率0.34%であった。骨折では鎖骨骨折が多いのが特徴である。同時期の中学全体の受傷率は平均練習日数10日で受傷率は約1.3%であったため約3〜4倍の受傷率となるが、練習日数を考慮すると中学では約7倍の危険性と言える。予防策として伸縮性素材で足を縛ることが広まり、学校の先生方から多くの感謝の声をいただいたが、2012年から中学校に絞って調査を続けたところ、受傷率は微増していき、2014年には平均練習日数10日で受傷率2.1%となった。この年は残念なことに膵臓損傷まで発生してしまった。微増した背景には協力医療機関数の増加があり、調査の質が向上して「むかで競走」の真の姿(受傷者数)が徐々に見えてきたと考えられる。7年間の調査結果を見ると、毎年の平均参加生徒数4,600人中、受傷者は66人(受傷率約1.4%)で受傷内容の内訳は打撲・擦過傷が33人、捻挫が22人、骨折・脱臼などの重症例11人(うち手術を要する骨折1.3人)であった。頭部含めて全身のけがが発生するが、下肢が半数以上を占め、捻挫も骨折も足部・足関節が多い。骨折の中には骨端線損傷もある。足関節捻挫が多いことはスポーツ全体に共通して言えることだが、足を結んで走るという種目特性も影響している可能性もある。受傷機転は将棋倒し、ひきずられる、ひねる、踏まれる、尻もち、顔を打ち付ける、横に倒れる、後ろが急に止まったなど様々だが、ほとんどの生徒は転倒してけがをしている。稀ではあるが頸椎捻挫や頭部打撲も数例あり、他の地域では過去に四肢麻痺の例もあったこと、内臓損傷もあったことから生命にかかわるけがも発生しうると言える。

 

「大むかで」と「小むかで」では約2%と約1%で有意に「大むかで」の受傷率が高い。中学3年の「大むかで」に関しては、列が長くなると受傷率が高くなること(特に20人を超えるとけがが増える)、また先頭に近い方に受傷者数が多い。4年分のデータを多変量解析したところ、練習日数が多いと受傷者数が増え、女子は男子より1.5倍の危険性があることがわかった。実際2015年は天候の影響で平均練習日数が7.6日となり、受傷率は約1.4%と前年より減っている。また、受傷時期を調査すると、体育祭の10日前までに受傷者全体の約20〜40%がけがを負っており、「むかで競走」の練習開始初日から「大むかで」に取り組んでけがが発生していることも判明した。片足だけ縛って練習する、「小むかで」から始めるなど段階的な練習を取り入れるべきと言える。また、「転倒しなかったクラスにポイントを加算する」というルール改正を取り入れた学校ではけが人が発生しなかった。転倒しないことを評価するシステムはスピード重視に陥りやすい競争意識を改善する良いアイデアと思われる。

■部活動と比較すると

独立行政法人日本スポーツ振興センターの「災害共済給付制度」のデータを解析した国立スポーツ科学センターの奥脇らの報告によると、2012年度の中学、高校の部活動11種目(サッカー、野球、バレーボール、バスケットボール、ラグビー、テニス、剣道、柔道、体操、水泳、陸上競技)の外傷発生頻度は9,630件/10万人/年であった。平均活動日数が不明であるが、仮に1年(365日)の半分であったとし、中学の「むかで競走」の練習日数である10日間に計算し直すと、0.53%の発生頻度となる。「大むかで」の受傷率を約2%とすると部活動の約4倍の受傷率(発生頻度)である。最多であるラグビーで同様に計算すると1.9%であるため、「大むかで」はラグビーと同等以上の受傷率である。受傷部位や内容の比較をしなければ一概に同じとは言えないが、医療機関への受診を要するけがをしている事実を認識すべきである。そして何より「むかで競走」は体育祭種目であるため、部活動と異なり男子も女子も全員が参加する種目である。抜本的な対策が必要である。

■楽しい運動会・体育祭の開催に向けて

「むかで競走」について報告したが、残念ながら他の種目ごとの受傷率(外傷発生率)や受傷内容の情報が不足しているため、注意すべき種目やけがを正確に述べることができない。近年注目を集めている組体操では、頭頸部・体幹部のけがが4割近くになり、重大な後遺症も報告されている。「2メートル程度の高さまで」という指針が複数の地域で出てきたことは前向きに評価したいが、科学的根拠がより重要である。例えばピラミッドを10回挑戦したときの転落の回数や、けがの件数・内容を、段数・形式ごとに情報を集めて解析することが必要と思われる。男女別で行ったか、身長の差はどのくらいあったかなどの細かい情報があればさらに有用であろう。名古屋大学の内田らが指摘しているように、厚生労働省の「労働安全衛生規則」には高さ2m以上の高所での作業について「墜落等による危険の防止」のために細かな規則が定められているのに子どもの組体操では管理がなされていない点や、そもそも学習指導要領に記載されていない点も大きな問題である。「棒倒し」「騎馬戦」を行う学校が減り、体育祭の楽しみも少なくなってきていることも事実である。体育祭を通して得られる生徒たちの心身の成長とけがのリスクのバランスを議論しなければいけない。そのためには受傷者数だけでなく正確な参加人数、競技方法、練習時間(日数)などを元に受傷頻度、受傷機転などを種目ごとに詳細に解析して、危険な種目は科学的に予防策を検討する必要がある。一大イベントである体育祭を生徒たちに思い切って楽しんでもらいたい。

むかで競争