歯と口からの健康支援

震災時避難所での歯科指導、口腔ケアについて

日本学校歯科医会

丸山進一郎 先生

平成28年4月16日、熊本県熊本市益城町を中心に熊本地震が発生した。実際には14日に大きな余震があり、16日が本震であった。熊本市中心部から益城町、阿蘇周辺から大分県湯布院にかけての被災で、倒壊家屋も多く、周辺の小学校、中学校、高校は被災者のための一時避難所となった。今回は余震回数も多く、自家用車の車内に避難する家族も多かった。

筆者は被災後6月8日に現地に伺い、避難所をお見舞い、視察した。東日本大震災の被災3県、岩手県宮古市、宮城県石巻市、福島県いわき市にも視察した経験がある。また、2007年(平成19年)7月16日に発生した新潟県中越沖地震の時も被災後5日目に柏崎市の避難所視察を経験した。地震被災状況はどの震災も違うが、避難所における子どもたちの生活状況の悲惨さはどこも同じであった。

被災後間もない避難所の子どもたちは高齢者と違って、いたって元気である。しかし、周りの大人たちは、将来に対する不安で一杯であり、子どもたちをかまってやれないほど右往左往している。それを見ている子どもたちは一様に暗い。また、避難所では声を出して走り回れない。そこで、ゲーム機を渡され、一人で声を出さずにゲームに熱中する。ふと寂しさがよぎったり、欲求不満解消のために、避難所に山と積まれた甘いお菓子やジュースに手が出る。阪神淡路大震災の時の経験から、震災後しばらくするとむし歯が増え、子どもたちは肥満傾向になることが知られている。また、PTSD(心的外傷後ストレス障害)も心配である。

そこで、筆者は平成19年当時、日本学校歯科医会の専務理事であったため、他律的な幼児期や学童期の子どもたちが被災時の避難場所での生活を余儀なくされたとき、支援活動の一つの視点として、歯科関係者やボランティアの支援マニュアルが必要として「児童生徒のための被災時における歯・口の健康対応マニュアル」を作成し、都道府県の歯科医師会、学校歯科医会へ配布した。

その内容は、規則正しい生活習慣が乱された場合、早い段階で取り戻せるように保護者に頼るのではなく、歯科関係者やボランティアの支援方法を具体的に阪神淡路の震災の経験をもとに、実践事例を挙げて書かれている。PTSDについても日本外来小児科学会のパンフレットが掲載されている。

抜粋であるが、内容について下記に記載する。

  • 被災者としての生活が長期化し、生活再建への期間が長くなると、次第に子どもにも目が届かなくなり、子どもは親以上に不安感が増してくる。この結果、子どもの生活習慣は著しく悪化してくる。
  • 子どもはこころと身体が未分化であるため、その影響が身体の症状や行動の変化として現れることが多い。
  • 子どもに目を向け、子どもの気持ちを家族の一員の問題として(家族全体の問題として)捉え、<子どもが親に守られている、親と子どもとの絆を持つ><子どもの話をじっくり聞いてあげる、家族の支えがある><手伝いや役割を通じて、家族の一員であり自分が必要とされていると子ども自身が実感できる>ことが大切となる。また、このことは家族だけでなく学校や地域のなかでも同様である。
  • 口腔清掃状況の変化は、地震直後の避難時には1日の歯みがき回数が減少し、口腔が不潔な状態になりやすい。避難が長引くときは、特に子どもに対する口腔清掃指導が必要になる。
  • 災害の後は生活の再建に追われる家庭も多く、子どもに十分眼が届かず、子どもの間食内容や口腔清掃習慣に注意が届かない。また、子どもを連れて歯科受診することができないこともある。
  • 学校歯科医が、大規模災害時に行うべき対応としては、歯科医療支援活動の初期においては、担当園・学校の養護教諭ならびに関係教職員と速やかに情報交換し、避難所となった園・学校における歯科医療、保健に関わる問題点を抽出し、歯科医療支援活動対策本部と連携し、諸問題に対応することが重要である。また、中長期的には幼児・児童生徒の食生活、生活習慣の乱れなどが問題化し、健康に影響を及ぼすことが予想される。PTSDや心のケアとともに、食生活や口腔清掃習慣の回復につながる保健指導、健康相談が重要となる。学校歯科医は、平時以上に担当園・学校の養護教諭ならびに関係教職員と連携し、情報、問題を共有できる体制づくりを行うことが急務といえよう。
  • 「幼児・児童生徒に対する巡回口腔ケア・口腔衛生指導」
    • 1)幼児・児童生徒への声掛け・・・嫌がる場合には無理強いしないこと。その場に保護者がいる場合には、同意を得て行うこと。保護者に対しても口腔ケアの重要性を説明する。
    • 2)支援物資である幼児・児童生徒用歯ブラシを手渡して、刷掃指導を行う。
    • 3)汚れが著しい場合は、歯面清掃を行い、水でうがいをしてもらい、洗面器か膿盆に吐き出させる。なお、うがいで使用する水は持参したものを利用する。
    • 4)口腔ケア記録用紙に、性別、年齢、ケア内容をチェックする。
    • 5)おやつのチェックシートを配布して、保護者の目を向けさせる。
 

などが記載されている。