第3回テーマ「学校での応急処置・対応」
  • 受傷状態と処置方法
  • ㈳日本学校歯科医会常務理事・日本大学名誉教授 赤坂 守人
1.はじめに  学校生活での不測の事故による歯・口部位のけが・外傷の発生は少なくありません。独立行政法人日本スポーツ振興センター災害共済給付件数の報告によると、特に歯・口部位の障害が他の身体部位に比べ多く発生しています。この統計は比較的重症のけがですが、軽症を含めるとさらに増えると思われます。近年では児童生徒の永久歯がむし歯で喪失することが少なくなり、その分、学校でのけが・外傷により歯を失うことが増えています。
歯・口の外傷は、ときに頭部の損傷を伴う重篤な症状や歯の保存・修復が困難な場合があります。また外傷当事者間のトラブルに発展することも多くみられます。事故によるけが・外傷等は、学校生活に限らず、子どもたちの全ての生活圏で、また生涯を通じて起ってきますので、安全・安心管理や安全教育を充実させさせることで、教職員の安全・事故対応能力を高め、さらに児童生徒自身が危険を予測し、回避する能力を高めることが必要です。さらに保護者とは普段から学校での安全管理面、あるいはけが等の事故発生時の対処等を説明し理解を深めておくことが、信頼関係を築き当事者間のトラブルを未然に防ぐことになります。

2.歯・口の受傷状況  学校での歯および口のけが・外傷が発生したとき、児童生徒等はパニックになり、また口の軟組織の外傷では唾液も混ざって出血量が多く感じます。まず、受傷した歯および口腔の状態を冷静に観察することです。それによって初期段階の処置を決め、また正確な記録を残すためにも必要です。そのため歯の受傷状態の種類を概略知っておくことです。歯の外傷は大きくは破折と脱臼に分けられます。
1)歯の破折
破折は歯冠部と歯根部に分けられます。歯冠部の破折部位が歯の先端部の一部で、冷水などに感じる程度ならば、緊急度は低く、近日中に歯科医療機関を受診するようにします。歯冠の破折部が歯肉部に近く深く、歯髄が露出している場合は、早急に歯科医療機関で処置しないと、その後の治療期間が長くなり、また完全な治癒が困難になります。
歯根破折の有無はガーゼなどを持った手指で歯冠部を摘んで、歯の動揺状態で判断します。動揺がみられるときは歯根部の破折もしくは歯の脱臼を起こしていることが予測されます。このような症状も緊急な処置が必要です。歯の動揺(脱臼)がみられず歯冠破折片が少なくても、冷水にしみるなどの症状があるときは、放置すると歯髄死を起こすこともあるので、近日中に歯科医療機関での受診が必要です。
歯の破折は永久歯列の場合、歯根の発育度が高く、隣接する歯が萌えているような小学生高学年や中学生で発生しやすくなります。
2)歯の脱臼
脱臼は歯の位置が歯列あるいは隣の歯に対し、前後(水平的)あるいは上下(垂直的)に移動した状態を不完全脱臼(転位)と呼び、歯が下方にめり込んだ(埋入)状態と、上方に飛び出した(挺出)状態に分けられます。その最も移動が激しい状態が歯の脱落で完全脱臼といいます。それぞれの状態で緊急性や処置法が違ってきます。脱臼は歯の破折に比べ出血することが多くみられます。 脱臼は、永久歯では歯根の発育が十分でなく、隣接する歯がまだ萌えていない小学生低学年に比較的多く発生します。

3.受傷時の処置と対応  けが直後に出血を認める場合は直ちにその場で圧迫止血処置を行いますが、必ず早期に養護教諭に連絡あるいは保健室での観察と処置を行います。脱臼や口腔軟組織の損傷を伴う場合は出血があるので、滅菌ガーゼ等で止血あるいは血を拭きとってよく観察します。出血している場合は、先ず圧迫止血あるいは局所的止血剤の塗布を行い止血します。今後の処置を含む対処法については学校歯科医に緊急に連絡し、相談あるいは指示を受けることが必要です。また、外傷による記録は当事者間のトラブルを防ぎ、外傷の処置を決定するにも重要な資料になりますので、内容項目と正確な記録が必要です。なお歯の外傷の記録として重視されるのは、受傷から受診までの時間、受傷状態、完全脱臼の場合は、脱落歯の汚れ状態、保存状態などで、一般の外傷記録票に追加しておくことが必要です。
歯の破折は保健室での緊急処置は比較的少なく、歯の脱臼、口の軟組織の裂傷、歯槽骨および顎骨骨折などは緊急的処置が必要になります。受傷直後、受傷歯が隣接する歯より大きく挺出し、また水平的にずれた位置にある不完全脱臼のときは、歯を元の位置に押し込み戻すことで、予後も良くまた止血にもなります。
歯が脱落する完全脱臼の処置は、脱落した歯の汚染状態、脱落した場所(室内か屋外か)、脱落からの時間、保存液の有無などを調べ、直ちに元の位置に歯を挿入するか、保存液に浸すか判断します。保存液が無い場合は生理的食塩水或いは牛乳などに浸し早急に受診します。脱落した歯が保存可能か否かは、処置までの時間が大きく影響します。なお屋外で歯が脱落して砂などの汚れが付着しているときは簡単に水洗いをし、歯根に付着している軟組織まで除去し洗い流さないように注意します。

4.小児期のスポーツによる歯・口の外傷  わが国の小児期のスポーツは伝統的には柔道、剣道など屋内でのスポーツであって、その防護についても、それなりの伝統がありました。しかし近年、屋外スポーツが盛んになり、球技を中心に多種多彩となって、それだけスポーツによる事故、外傷も多くなっていますが、その予防についての対策や指導が遅れています。部活動の指導者や保護者はこの点をとくに配慮する必要があります。スポーツ外傷により歯・口腔領域を保護し、受傷を予防するためにマウスガードを着用することを勧めますが、現在、マウスガードには市販品をはじめさまざまな種類があり、スポーツの内容、適応年齢によって適切なマウスガードが異なりますので、学校歯科医と事前に相談しておくことが必要です。

5.学校給食による誤嚥、窒息の対応  食品による誤嚥および窒息による死亡例は、正確な統計が不足していますが、幼児児童生徒にもかなりの数が認められます。食品として多いのは、もち、米飯(おにぎり)、パン、豆、グミゼリーなどです。予防としては、児童生徒が食べ物を口に詰め込まない、一口量をよく噛み(通常より5回位多く)、唾液を出して混ぜ合わせてからのみ込む習慣をつけるようにします。食べている途中で急に上を向いたり、友達が後方から押したりしないよう注意します。万一、誤嚥・誤飲を起こしたときの緊急処置として、児童生徒の場合は腹部突き上げ(ハイムリック)法、背部叩打(こうだ)法を行います。