[1]薬物乱用の現状と指導の必要性 | [4]薬物乱用防止教室の実践経験から | ||
[2]薬物乱用防止教室での指導について | [5]薬物乱用防止教室の実践経験から〜連携の取り方〜 | ||
[3]薬物乱用防止教室の実施に向けて | [6]薬物乱用防止教室をすすめるには |
座談会出席者
兵庫教育大学大学院
教授 鬼頭 英明先生
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(独)国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所
薬物依存研究部心理社会研究室長
嶋根 卓也先生
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北九州市教育委員会
小学校担当課長 井上 勝美先生
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群馬県教育委員会
指導主事 植木美樹子先生
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栃木県総合教育センター
指導主事 山口 昌子先生
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兵庫県立川西高等学校
養護教諭 赤井 育代先生
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コーディネーター
公益財団法人日本学校保健会
事務局長 並木 茂夫
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1 薬物乱用の現状と指導の必要性
■薬物乱用防止のウソ・ホント
並木 まず、薬物乱用の現状を踏まえて、学校での指導の必要性について、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の嶋根先生にお話しいただきます。
嶋根 薬物乱用・依存の研究に従事している立場から、近年の薬物乱用の特徴についてお話させてください。
このグラフ(図1)は、全国の精神科医療施設に入院している薬物乱用・依存患者の主たる使用薬物を表したものです。ご覧のように、1980年代後半から90年代前半は覚せい剤とシンナーがわが国の薬物依存の大部分を占めていました。覚せい剤は、90年代以降も横ばい状態で首位を独走しており、患者数が最も多いのは覚せい剤といえます。また、一部の地域では依然として問題となっていますが、全体として有機溶剤(シンナー)は減少傾向にあります。
その一方でじわじわ増加しているのが、睡眠薬や抗不安薬といった処方薬に依存する患者さんです。睡眠薬や抗不安薬の多くが向精神薬と呼ばれる医薬品です。向精神薬に依存する患者さんは、2008年に有機溶剤に追いつき、2010年には有機溶剤を追い越し、今や覚せい剤に次いで二番目に多い患者群になっています。
そして、2012年調査から脱法ドラッグが突如として登場します。最近、脱法ドラッグに関する話題を耳にする機会が多いと思いますが、確かに精神病院や薬物依存症の回復支援施設であるダルク(DARC:Drug Addiction Rehabilitation Center)では、脱法ドラッグを主たる使用薬物とする薬物依存患者が目立っています。脱法ドラッグ患者さんは、向精神薬に依存する患者さんと同じくらいの割合を占めています。つまり、わが国の薬物依存の現状は、覚せい剤・脱法ドラッグ・向精神薬の3種類の依存薬物が、その大部分を占めていると考えてよいと思います。
ここで考えていただきたいのは、向精神薬と脱法ドラッグとの共通点です。果たして、どのような共通点があると思いますか?これらの薬物は、法律の規制対象ではない、つまり「使っても捕まらない物質」ですよね。わが国の薬物依存症患者は、法的に使用が問題とならないもの、いわゆる合法なものを好んで乱用しているかのようです。しかし、言うまでもなく、法的な違法・合法と、医学的な安全・危険は、全く別物であり、一致するものではありません。法的に規制の対象となっていない薬物であっても、このように数多くの患者さんが精神病院に入院しているという現実をまずは抑えるべきだと思います。
次に、脱法ドラッグについて考えていきましょう。みなさんご承知の通り、日本の法律は、覚せい剤取締法、大麻取締法のように、物質ごとに規制しています。脱法ドラッグには、規制対象となっている化学構造の一部を変化させて、規制の対象から逃れているという特徴があります。この規制を逃れる手口が「脱法」と呼ばれる所以です。
現在、流通している脱法ドラッグは、その形状から、ハーブ系、リキッド系、パウダー系の3種類があります。脱法ドラッグのもう一つの特徴が使用目的を偽装している点です。これらは、お香、アロマオイル、入浴剤であり、人体には摂取しないように謳いながら売られています。
ちなみに、脱法ハーブは植物片に薬理作用を有する粉末を振りかけたものであり、植物片自体には薬理作用はありません。顕微鏡で拡大してみると、植物片の間に細かい結晶が確認できます。この結晶が、さまざまな精神作用を引き起こしている原因なのです。
■使用のきっかけは「友達に誘われて」
嶋根 私たちは、今、夜の繁華街に集まる若者たちを対象に脱法ドラッグの実態調査を行なっています。繁華街の中でもダンスや音楽を楽しむ場所である「クラブ」に注目しています。なぜ「クラブ」に注目するかと言いますと、MDMA(エクスタシー)の急性中毒者の中には、ダンス系の音楽イベントの会場となったクラブから救急搬送されていた患者が多数報告されているからです。
クラブに来場する若者の中には、脱法ドラッグを使ったことがある方もみられます。では、脱法ドラッグを使うきっかけは、どのようなものが考えられるでしょうか。
アンケート回答者を脱法ドラッグの使用経験があるグループと、使用経験がないグループに分けました。そして、「脱法ドラッグを使っている友人・知人は何人いるか」という質問をしました。すると、「5人以上いる」という回答をしたのは、脱法ドラッグを使ったことがないグループでは、わずか5%程度でしたが、脱法ドラッグを使ったことがあるグループでは40%近くにものぼることが明らかになりました。
また、脱法ドラッグ経験者に、脱法ドラッグの入手先を聞いてみると、「友人・知人からもらった(60%)」という回答が一番多く、「ヘッドショップなどの販売店(40.0%)」を上回っています。一方、使用動機としては、「友達に誘われたから(43.3%)」、「好奇心や興味があったから(33.3%)」、「合法だから(20.0%)」という理由が続いています。
このように、脱法ドラッグは、友人や知人といった周囲にいる身近な人に誘われて使いはじめることが多いことがうかがわれます。これは有機溶剤や大麻などこれまで青少年の薬物問題として議論されてきた薬物とも共通する傾向です。
脱法ドラッグを使ったことがある若者は、使用経験のない友人や知人にそれをすすめようとします。あるいは脱法ドラッグに関心のある若者が、使用経験のある友人・知人に近づいていくのかもしれません。いずれにせよ、「類は友を呼ぶ状態」であり、青少年にとって友人・知人から受ける影響はとても大きいことがうかがわれます。
■脱法ドラッグ使用がもたらす影響
嶋根 では、脱法ドラッグを使うとどのような影響が現れるのでしょうか。脱法ドラッグの何が怖いかというと、含まれる成分が次々と変化しているため、何が入っているか分からないことです。ですから「脱法ドラッグを使うとどうなりますか?」と聞かれても、「何が起きるかわかりません」としか答えようがない状況です
ただ、含まれている成分が判明しているものもあります。その代表格が合成カンナビノイドと呼ばれる物質です。「合成」は、人の手によって創りだされた物質であることを意味していますが、大麻に含まれている成分(THC)と非常に似た化学構造式を有する物質です。大麻成分も合成カンナビノイドも脳内のCB1受容体という同じ場所に結合します。しかし、受容体に結合する力は、合成カンナビノイドの方がはるかに高いことが報告されています。結合力が高いということは、それだけ健康影響が出る危険性も高いということです。
クラブイベントに来場した脱法ドラッグ使用者もさまざまな症状を報告しています。比較的多くの使用者が経験しているのが、<1>口が渇いた、<2>吐き気・嘔吐、<3>動作がのろく、ぎこちなくなった、<4>ろれつが回らなくなった、<5>心臓がドキドキといった症状です。その他にも、神経過敏になった、不安になったと答える方もいます。
これらの症状をみてみますと、大麻様の症状を引き起こす合成カンナビノイドだけでは説明できず、むしろ覚せい剤のような中枢神経を興奮させる働きを持った物質が含まれている可能性も考えられます。例えば、カチノン誘導体と呼ばれる物質がこのような症状を引き起こしている可能性があります。
■薬物乱用の原点としてのタバコ
嶋根 このグラフ(図2)は、薬物依存者の過去を振り返って、どのような薬物がどんな順序で使われているのかを示したものです。13.6歳、つまり中学1年生くらいにたばこを吸い始めます。そして中学2年生くらい(14.4歳)で飲酒、中学3年生くらい(15.2歳)でシンナーを始めています。そして、10代後半で大麻、20歳前後で覚せい剤、20代中ごろで処方薬・市販薬の乱用を開始しています。
薬物依存症の患者であっても、生まれてきた時には、タバコも薬物も経験していない状態ですが、子どもから大人になるにつれて、さまざまな薬物を経験して現在に至っているわけです。そして経験する薬物にはそれなりの順序性があります。例えば、中学1年生でたばこをはじめ、10代後半で大麻を使いはじめ、20代で覚せい剤といった順序です。では、「タバコ」、「大麻」、「覚せい剤」にはどのような共通点があるでしょうか?これは薬物乱用防止教室でもよく生徒に考えてもらうことです。
ここで強調したいのは、3つの物質の使用方法がいずれも「煙を吸い込む」ということです。中学校1年生でたばこを吸い始めるということは、その時点で煙を吸い込むトレーニングを完了しているということです。たばこを一度も吸ったことのない人に大麻をすすめても、煙を吸うこと自体に強い抵抗感があります。しかし、中学1年生からタバコを吸っている子にとっては、大麻の煙を吸い込むことは造作もないことであり、心理的な抵抗感もそれほど大きなものではないでしょう。このような意味で低年齢から開始されるタバコは、「薬物乱用の原点」とも言えます。もしかすると、今は、たばこの次に登場する薬物が大麻ではなく、脱法ハーブになっているのかもしれませんね。
小中学生に対するたばこ教育というと、がんや胎児への影響といった身体への影響に話が集中しがちです。もちろん、そのような健康影響を理解させることも重要だと思いますが、早期に煙を吸うトレーニングをするということは、自分の身を大麻や覚せい剤といった薬物に一歩近づけている危険なことであることを強調していくことも必要だと思います。
■処方薬の乱用・依存
嶋根 睡眠薬や抗不安薬を乱用し、依存する方についても考える必要があります。睡眠薬や抗不安薬といった向精神薬に依存する方の多くが、気分の落ち込み、不安症状、不眠といったメンタルヘルスに不調がみられる方であり、その不快な症状をどうにか緩和させようと、自己判断で増量していくうちに、薬物依存になっている可能性があります。主治医に隠れて複数のクリニックを多重受診している方もみられます。向精神薬を乱用することのリスクは薬物依存だけではありません。過量服薬、いわゆるオーバードーズの問題も見過ごせない状況です。
日本では年間3万人近くが自殺により亡くなっています。その中には生前、精神科にかかっている方が少なくないのですが、そうした自殺既遂者の6割が、自殺行動におよぶ直前に睡眠薬など向精神薬を過量服薬していたことが報告されています。向精神薬に含まれる成分を過量に摂取することで、衝動性が高い致死的な行動をとってしまった可能性が指摘されています。このように睡眠薬などの向精神薬を正しく使うことは、薬物依存の問題だけでなく、自殺や過量服薬のリスクという側面からも注目されています。
過量服薬の動機はさまざまですが、「死にたかったから」と答える人以上に、「つらい感情から解放されたかったから」と答える人が多いことが報告されています。過量服薬には自分の辛い気持ちを誰かに伝えたい、この気持をわかって欲しいといったメッセージが含まれていることがあります。
薬物依存や過量服薬といったハードな事例に出会う機会はそれほど多くはないかもしれませんが、養護教諭の先生方は、子どもたちのメンタルヘルスに不調に早い段階で気づくことができる立場にいらっしゃいますので、養護教諭による薬物乱用の未然防止や早期発見に対して期待を持っています。
並木 ありがとうございました。現状で何が大事か、また、どの年代にはどういう指導が必要か、自殺に関することなど、大変興味深いお話をいただきました。