[1]薬物乱用の現状と指導の必要性 | [4]薬物乱用防止教室の実践経験から | ||
[2]薬物乱用防止教室での指導について | [5]薬物乱用防止教室の実践経験から〜連携の取り方〜 | ||
[3]薬物乱用防止教室の実施に向けて | [6]薬物乱用防止教室をすすめるには |
6 薬物乱用防止教室をすすめるには
■薬物乱用防止教室の組み立て方の工夫
並木 ここまでで言い足りなかったことや、話したいことがあれば、フリーでお話しいただきたいと思います。
井上 薬物乱用防止教室は、外部講師を呼びますが、主体は学校です。講師を過信して頼り過ぎず、学校がどんなねらいで何のために講師を呼ぶかを明確にすることが重要だと思います。招聘した講師が詳しく話ができるところと、逆に学校でしか補えないところがあります。薬物乱用防止教室イコール講演会ではないのです。ですから、教育活動の中核の一つに講師の話があり、そこに学校の先生の何らかの働き、役目、出番がないと、薬物乱用防止教室とは言えないと思います。
よくとり入れやすいのは、先生によるロールプレイングや体験談の挿入、インタビュー形式での講師との交流などです。一方通行にならないようにそこで出た意見をもとに講師と交流をもつとよいでしょう。また、先生は指導者ですから、子どもと一緒のレベルで感動して聞いているだけでは駄目なのです。例えば、ダルクの方々をお呼びできるのは、受け皿があり、本当にきめ細やかな指導ができるレベルの学校ではないかと思います。安易に感動的だと思ってお呼びすると、予想とは違う方向に行ってしまいかねません。
鬼頭 講師と話す内容について事前打ち合わせをすることがとても大事です。「1回でも使ってはいけない」という話は、1回でも健康影響があるという意味なのか、1回でも乱用、あるいは法律に引っ掛かるという意味なのか、その辺のことをしっかり認識した上で言葉を使わないと、後々、変な誤解を生むことが多い気がします。
植木 本当にそう思います。特に事前・事後の活動があるわけでもなく、講演会をしたというだけでカウントされている学校が実際にあるので、そのあたりも課題かと思っています。実際に、私が小学校で初めて講演会を企画したときは、最初に保健福祉事務所の方と教員が資料に基づいて説明をして、その後に講師に話してもらいました。
井上 発達段階や学校の実態に合わせてといっても講師には分かりにくいこともあるので、この件について必ず伝えて、学校側がミーティングしたことを話す。それについて、逆に講師の先生から、「こういう内容が必要なのではないですか」と言われた場合は、検討する。そして、納得したら、取り入れればいいいいわけです。事前にこのような話が1回あるかどうかで全く違いますよね。
植木 その辺はまだ課題であると思います。薬物乱用防止教室を開きたくても必要性を理解してもらえないという例もまだあるのです。ですから、養護の先生や専門の先生ばかりが言うのではやはり駄目で、保健主事の先生や生徒主導の先生の協力、そして管理職の理解が必要かと思います。
井上 年度末に次年度の計画を立てるときに、薬物乱用防止教室の話が出ないといけません。薬物乱用防止教室は何か事があってから開くのではなく、もともと一次予防の世界ですから、1回も使った事のない人が第一の対象です。事がないならなおさら、次年度の一連の教育活動の中に位置付けるというスタンスであるべきです。
講師の件ですが、小学校の場合はあまり予算がないので有名な人は呼べません。ですから、1〜2カ月に1回来ていただいている学校薬剤師の方をお呼びするのがいいと思います。初めは尻込みされるかもしれませんが、「一緒にやりましょう」というスタンスで、身近な方と養護教諭とが一緒に薬物乱用防止教室をつくっていくという形もあるのです。
並木 日本学校保健会は三師会、いわゆる学校医、学校歯科医、学校薬剤師の専門家の先生方をぜひ有効に活用していただきたいということを打ち出しています。
植木 私が実際に見学させてもらった市内の中学校では、薬剤師の先生や学校医の先生だけでなく、校区内の交番の警察官なども入り、生徒保健委員が中心になって文化祭の一環で公開した薬物乱用防止教室を開いていました。薬剤師の先生には薬剤師の役で話してもらうなど、劇風にそれぞれの立場から説明していただいて、うまく連携がとれていました。
井上 生徒会や児童会とつないでいけば、子ども発になってずっと継続しますね。
赤井 専門家による生徒への講演会の際に、学校の実態についての事前打ち合わせもするのですが、教職員研修会をして戴くこともあります。事前に教員が専門家からの詳しい知識を得ているので、生徒への対応も大変スムーズです。また、やりっ放しにならないことや、講演会に欠席した生徒もいるので、各担任が生徒の感想文等を用いて、講演会後のふりかえりをホームルームで行うという試みもしています。
そして生徒主体に取り組めたらと、生徒会活動の一環で、薬物乱用防止のスローガンやポスターを作り、ティッシュにも挟んで文化祭や街頭で配るという活動を行っています。
山口 私が勤務した高校は、いい意味で地域の警察も学校の事情をよく知っておられたので、長期休業前には、よく講話に来ていただきました。「無事、高校を卒業して、立派な社会人になってほしい。」という、生徒に対する願いのようなものが、当時勤めていた学校の教職員と同じだったので、校外における様々な場面でも、上手く連携できたと思っています。
また、薬剤師の先生にも恵まれていました。保健室で使用する、主に外科的な衛生材料について、いろいろアドバイスをいただいていたのですが、当時、個別の保健指導の内容に役立つよう、ドラッグについても、いろいろな視点からご指導をいただいていました。すると、薬剤師の先生の方から「薬物乱用防止教室に、ぜひ参加させてほしい」と言ってくださったのです。講演会当日は、国で作っている冊子や医薬品会社が作成している冊子を全校生徒に配布し、講演会が始まる前に薬剤師の先生から薬物乱用の怖さと、「自分を大切にしてほしい。」というメッセージをもらいました。それまで、騒がしかった生徒たちも、今までの講演会とは違う雰囲気を感じたようでした。
■薬物乱用防止教室における養護教諭の役割
鬼頭 養護教諭が薬物乱用防止教室にキーパーソンとしてどう関わるか、企画・運営上の役割などをもう少し明確にして、皆さんが実際にどうされてきたのか、その流れの中で一人に任されているのかといった話は、もっと深めるべきだと思います。
それから、一次予防の視点と二次予防の視点という話がありました。学校が関わるのは主に一次予防ですが、先ほど山口先生がおっしゃったように二次予防、三次予防の話も出てきます。どう対応すべきかは、養護教諭にとって非常に悩ましい話であるでしょう。専門家につなぐとか、どこにつなげばよいかといった結構示唆的な話が出ましたが、非常に大事な話ですので、そこももう少し掘り下げるといいと思います。
並木 薬物乱用防止教室は必要ないと言う校長がいるという話がありましたが、私が講師を頼まれて行くところでも、養護教諭と校長との温度差を明らかに感じることがあります。校長の理解が遅れているのは、行政的な問題だと思います。
嶋根 私は学校の組織のことは詳しくはありませんが、養護教諭ならではのメリットがあると思います。担任には知られたくないけれど、利害関係のない養護教諭であれば正直に話せる子はいると思いますし、実際に今日もそういう事例のお話がありましたよね。
最近、自殺対策の中で「ゲートキーパー」という言葉が使われていますが、そのキーワードは「気づく」「関わる」「つなぐ」の三つです。例えば、子どもたちのメンタルヘルスの不調に最も「気づく」立場にいるのが養護教諭ですよね。そして、叱ったり説教したりするのではなく、生きづらさを抱えながらも相談してくれた子どもたちを受け止めてあげる力だと思います。つまり、受容と共感の態度で「関わる」ということです。何もそこで難しいカウンセリングをする必要はないと思います。メンタルヘルスに不調がみられる子たちは、自分の話を肯定的に聞いてくれる人や、自分の心の痛みを理解してくれる人を求めているのです。ですから、何でも正直に話せる関係性をつくっておくことがポイントだと思います。
そして、養護教諭が一人で抱え込まないことも重要ですね。これは、三つ目のキーワードである「つなぐ」ということです。例えば学校内の先生方へのつなぎもあるでしょうし、外部の専門機関へのつなぎもあると思います。
担任を持たないというのは養護教諭のメリットの一つだと思います。生徒との利害関係が少なく、フラットな信頼関係を作りやすい立場を生かして、薬物乱用防止に取り組んでいただければと思います。
植木 薬物乱用防止教室もそうですが、私はいつも地域の養護教諭の先輩方にいろいろなことを教えていただいています。ですから、もし悩んでおられる養護の先生がいたら、地域の先生などに相談してもらいたいと思っています。
並木 養護教諭同士がお互いに連携を取り合って、また、先輩にも教えを請うような形で現場に行って見てもらうという連携も必要だろうということですね。
山口 嶋根先生のお話にもあったのですが、この世に生を受けた瞬間に、薬物に手を染めようと考える子どもはいません。生徒と接していて、派手な服装や化粧をしていても、心がきれいで純白だと感じます。現在の保健室の多くは、児童生徒の居場所であるばかりでなく、カウンセリングの場としても機能しています。生徒が抱える問題も、社会環境や生活環境の急激な変化から生じる問題も多くあります。だからこそ、専門機関や保護者に「つなぐ力」が必要であり、今後、想定される健康問題に対する高い感度が要求されるのだと思います。連携の要である養護教諭が、生徒の持つ「きれいな心」を感じて、関係教職員に発信していくことも、連携を図る上での基盤として重要なことではないでしょうか。 関係機関がそれぞれの特徴を生かした支援ができるよう、コーディネートしていく養護教諭の役割の大切さを、改めて感じているところです。
赤井 リスクが在るから学校で薬物乱用防止教室を行うのではなくて、やはり一次予防の観点で、年間計画をきっちりと立てる等、組織全体で取り組めるよう、しっかり働きかけて取り組んでいけたらと思いました。また養護教諭は、ハイリスクの子どもたちに気付ける立場であることを念頭に置いて、かといって1人で抱え込んでしまわないように、先生方に相談しながらやっていきたいと思います。
薬物をする子には、誰かに勧められたからとか、友人がやっていたからといった誘発的なきっかけがあるのですが、その前に、寂しいとか、不安とか、自信のなさ、つまらない、面白さを求めるといった自分自身の心理的なきっかけがあると思います。そうした心のケアと共に、そんな時、どんな行動選択をするのか、寝る、テレビを見る、周りの友人、大人、先生や誰かに相談できる人間関係をつくるというようなことを自らで考えられて、行動できるような健康教育・ライフスキル教育を進められたらと思いました。
井上 まず、今やっていないところはやる、今やっていることは続けるということだと思います。共通理解を図れていないとか、講師の先生がどうだとか、いろいろな悩みがあるかもしれませんが、多少の失敗があっても、やらないよりやる方がいいのです。
北九州市では今年度、小中連携によるいじめ・非行等対策のための市費講師が配置されました。小中連携のために市独自で講師を配置しているのです。薬物乱用防止教室にもこの制度を活用していく方法もあると考えています。どんな講師を呼んで、いつ、どれぐらいの時間をかけて薬物乱用防止教室をしているのかという情報を、小学校、中学校間でしっかり連絡し合うだけで、お互いの内容が充実してきます。また、同じ中学校校区の中で養護教諭や体育主任が集まって話をしていくと、薬物乱用防止教室を1回して終わりではなくて、一粒で二度おいしくなります。そのような発想が必要ですし、そうした方が楽しくできるかと思います。
子どもたちの行動の要因となるのは、友人と親、そしてもう一つは先生なのです。同じ薬物乱用防止教室を受けても、教室に戻ってから担任の先生がどのような声掛けをするか、一つの文章を書かせるのに、話を押さえて意見を発表させてから書かせるのと、とりあえず書かせて終わるのとでは質が全く違います。先生方への指導という意味でも、養護教諭のお仕事は他に代え難いのです。ですから、事前や事後にこういうことをしてほしいということがあれば、遠慮なく先生方に言っていただいた方がいいと思います。
並木 長時間ありがとうございました。今日は薬物の問題について、薬物乱用防止教室をいかに効果的に進めるかということに焦点を絞ってお話しいただきました。嶋根先生からは、薬物乱用の問題は知識だけではうまくいかないところがあって、心の部分があるというお話も出てきました。ややもすると薬物乱用防止教室は知識編に終わってしまいがちですが、薬物を乱用しなくても済むような、国が言うところの「生きる力」を付けさせること、その両方重なって大きな成果を生むのだと思います。私もこのあたりは勉強しているところなので、また一緒にお話しできればと思いますが、基本的には薬物乱用防止教室の主たる目標は正確な知識の伝達ですので、「生きる力」の部分は道徳、特別活動、総合的な学習の時間などで補ってほしいと思います。
(平成25年7月18日 日本学校保健会会議室)