第14回「薬物乱用防止の指導」

2 薬物乱用防止教室での指導について

■薬物乱用防止教室の位置付け

並木 次に、元文部科学省の健康教育調査官であり、現在、兵庫教育大学大学院の教授で薬学博士でもある鬼頭先生からお話をいただきたいと思います。

鬼頭 私からは、薬物乱用防止教室の開催に至った経緯と、その後、文部科学省が実施してきたこと、そして最終的には各校種でどのように実施していただきたいかということについてお話しします。
平成7〜8年からの覚せい剤による検挙者数の急増を受けて、国は平成10年から「薬物乱用防止5か年戦略」を開始しました。それに伴い、教育の場では全ての中学校、高等学校において年に1回は薬物乱用防止教室の開催をお願いしており、その際には警察職員、麻薬取締官OB、学校薬剤師など、地域の専門的な人材を活用していただくようにして進めています。
地域の専門家を活用するのは、学校の先生以外の専門家に来ていただくことが子どもたちにとって非常に新鮮であるのと、やはり専門家から話を聞いた方が効果的だからです。しかし、毎年同じ人に来てもらっても、新鮮さがだんだん薄れていきます。そこで、薬物乱用防止教室の開催率がなかなか上がらない状況の中で、文部科学省は、薬物乱用防止に関する専門的な研修会を受けた教員が講師になっても構わないということにしました。
薬物乱用防止教室は、薬物乱用防止教育の一環として、保健、道徳、特別活動や総合的な学習の時間において実施するものです。原則的には保健体育科教員、あるいは小学校では担任の先生が実施することになります。学校保健の領域としては、保健教育の大きな枠組みの中で、体育や保健体育の教科による指導、すなわち保健学習で実施することが可能ですが、保健教育の中の保健指導という大きな枠組みの中でも、特別活動などの時間を活用して、薬物乱用防止教室を開催することができます。その場合には、特別活動や総合的な学習の時間などを活用して進めることになりますが、保健学習と保健指導とを連携させて実施時期をできるだけ近くして、子どもの印象が消えないうちに畳み掛けるように指導するのが効果的です。夏休み前に実施する学校が多いかと思いますが、保健体育の時間ということで考えると、必ずしも夏休み前にはならないかもしれません。そこは学校現場の状況に応じて、時期を組み替えるなりして効果的になるように進めていただきたいと思います。
その際、保健体育の先生は自分の年間計画を決めているので、そこと保健指導とをつなぐコーディネーターとして、養護教諭あるいは保健主事の役割が非常に大きいと思います。特に養護教諭は子どもの健康課題に関しては専門家ですから、役割を十分果たして、薬物乱用防止教室を計画していただけたらと思っています。

■ビデオ教材から見る薬物乱用防止教室の事例

鬼頭 文部科学省では、平成14年度に「薬物乱用防止教室効果的指導のために」というビデオを作り、全ての小・中・高等学校に配布しています。私はこのビデオ作成の中心にいたので研修会に行くたびにこれを使うのですが、ビデオ教材を使うところはあまりないようです。非常に良いビデオですので、このように信頼できる教材をぜひとも使っていただきたいと思います。
「薬物乱用防止教室効果的指導のために」には小学校編と中・高等学校編があり、それぞれ北は青森から南は鹿児島まで、全国の薬物乱用防止教室の事例をコンパクトにまとめています。小学校のケースでは、体育の授業で「ストップ・ザ・薬物」という文部科学省の作ったビデオなど視聴覚教材を活用して意識を高め、その後、学校行事において学校薬剤師や保護者を呼んで薬物乱用の危険性について啓発します。そして、学校薬剤師から再度子どもたちに分かりやすい言葉で説明があり、最後には子どもたちから保護者に対して「お父さん、お母さん、育ててくれてありがとう。僕たちは、薬物乱用は絶対にしないよ」という強いメッセージを発信するという、見ていてほろりとするような事例です。
中学校のケースでは、校長先生が荒れていた学校を見事な手腕で立て直した事例が載っています。ここでも全校集会で子どもたちがメッセージやスローガンを発表するという取り組みが紹介されていますが、一番のポイントとなるのは、校長のリーダーシップはもちろんのこと、それに付いて行く全教職員のバックアップです。そこには養護教員の姿もしっかりと見えていました。このような活動が功を奏して、学校が大変良くなったということです。
それから、養護教諭が中心となって少年相談員とチームを組み、子どもたちにアプローチをしている事例や、麻薬探知犬のデモンストレーションを税関で見学するという事例、あるいは警察職員がパソコンのプレゼンテーションソフトを活用して、子どもたちが飽きないような働き掛けをしているという事例もありました。
薬物乱用防止教室にはさまざまなやり方があると思いますが、企画が大規模であれ、小規模であれ、それをどうフォローアップするかが成功するかどうかの分かれ道になるというのが、事例を見ていて感じたことです。

■薬物乱用防止教室の開催に当たって重要なこと

鬼頭 小学校、中学校、高等学校で薬物乱用防止教室を開催するに当たっては、発達段階を踏まえたアプローチがとても大事です。学校の先生は子どもの発達段階や実情を把握しているので、それに合わせた企画を立案していただきたいですし、また、その窓口が養護教諭である場合には、どのような内容の防止教室にしたいのかを講師に伝えることが何より大切です。そうでないと、薬物乱用防止教室が形骸化して、単にやったというだけで終わってしまいかねません。
それから、薬物乱用防止教室を開催する際には、不適切な情報を子どもたちに与えないよう配慮する必要があります。今、脱法ドラッグが大変な問題になっていますが、それをどう伝えるかということは十分に議論した上で進めていく必要があるかと思います。
そして、薬物に手を出してしまった子どもが養護教諭に相談しに来るケースも多いのですが、そのときにどう対応するかが一番の問題だと私は考えています。薬物乱用は法的には許されないということを前提に対応しないと自分まで身動きがとれなくなってしまう恐れがありますので、対応の仕方をよく考えなければいけないと思います。

並木 ありがとうございました。鬼頭先生は、日本の学校における薬物問題指導の在り方のベースを、中心になって作られた方なので、その点を整理してお話しいただきました。特に大事なことは、保健学習で取り扱う内容なのか、それとも保健指導で取り扱う内容なのかという分け方だと思います。教科で扱うのか、あるいは特活や総合的な学習の時間で扱うのかをうまく整理して職員に伝えないと、何となくやればいいのだろうという感じになってしまうということが、先生が懸念されているところかと思います。
また、「不適切な情報」というご発言は、少し分かりづらかったかもしれません。子どもの発達段階に合わせた指導ということと多分重なると思いますが、必要ではない情報をあたかも自慢話のように伝えられてしまっては困るということでしょう。その辺は、後ほどまたフォローしていただければと思います。