東京大学大学院
教育学研究科健康教育学分野
教授 佐々木 司 先生
本稿では、知っているようで意外と知らない精神疾患と精神保健、特に10代の精神保健の基礎知識について解説し、疾患教育の必要性と筆者らが開発した授業についても紹介する。
1.「5人に1人」
私が医者になりたての頃(昭和の終わり頃)に比べれば、街にメンタルクリニックが増え、精神科・心療内科に受診する人も増えているので、精神疾患がきわめて特殊な病気という印象は薄れていると思われる。実際に教育現場でも、メンタルの問題が子どもの抱える大きな問題として認識されている。しかし実際にどの程度の割合の国民が精神疾患にかかるのだろうか? これは余り知られていないように思われる。これを知るには、地域の全住人を調査する必要があるため(病院やクリニック受診者の調査では、精神疾患に罹患しても受診しない人が少なくないのでわからない)、なかなか大変なのだが、近年の国際共同研究(Kesslerら2007)によれば、日本の国民で一生の間にうつ病、不安症など何らかの精神疾患にかかる人の割合は18%と報告されている。これは先進国では少ない方で、3割を超える国も少なくない。また、この中には統合失調症などの精神病性疾患や認知症は含まれていない。従って、大まかかつ控えめに見積もって、「5人に1人は一生の間に何らかの精神疾患にかかる」と考えてよい。5人に1人であるから、平均すれば、どの家庭でも、ごく近い親族を加えれば1人かそれ以上が精神疾患に罹患している、ということである。精神疾患とはかくも身近なものであることを、まず認識する必要がある。